新雪にノウサギ 森の中を歩く

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まだ若いオノエヤナギやオニグルミに巻きついている赤い実のツルウメモドキ。夏には藪の状態でそこを歩いてみることができないが、こんなところにあったのかと、冬の積雪でわずかな彩りに気づくことができる光景。スノーシューで夏道をわざとそれて、道草しながら歩いた。
斜面に植わったすこし大きなブナやケヤキの根本はヤブツバキと並んで地面がまだところどころ露わだ。去年より雪の降り方が足りない、積雪量が少ないので凸凹が多すぎて平均的ななだらかな森になりきれていない。
平らの多いなだらかな歩きやすいところを選んで登るが、すぐに短い急登部分に直面する。立ちはだかるほどではない。呼吸を整えるが吐く息に力が偏り、肺年齢が高齢化したのが情けない・・・はじめから無理せずに夏道にしとけば良かったかなと、老齢の肺にわびるのも、どこでもない架空の一点をみつめ匿名者のように一瞬ひととき懺悔。毎日の酒やむせるタバコ(やめたらと責められるが決断しないし覚悟が弱い)運動不足を気にも留めないルーチン生活。前から痛い右手のヒジの腱鞘炎?それも痛いまま。それでも山を歩き体の運動、脳の運動と心の運動がしたいのだ。
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   朝は寒いと感じる零度でも下界は日中15度まで上がるいい天気なのだ。森は無風で青い空に上弦の月が浮かんでその先に2本の飛行機雲が流れている。

新雪の上に浅いへこみのリスの足跡と飛びながら歩いたノウサギの深い足跡が残っている。ここ数年真っ白なノウサギを見ることはないが、でもひょっとしたらもしかして、とあちこち動くものに目と難聴ギミの耳をたよりに探しながら歩いた。やっぱりこんな昼間では土台無理な話。

雪が完全に低木と深さ幅のある沢を覆いきっていない。数年前に遭遇したことがあってノウサギの逃げるスピードが速いことを知っている。ちょとした沢や斜面などいとも簡単に渡りきるのが特長でうらやましいDNA。
小さな沢に遭遇。 (縦横無尽にあるノウサギの足跡)
スノーシューをつけた当方にとって、幅1mほどの沢が完全に雪で固く覆われていないと細心の注意が必要で危険。まして前後に近くに裂け目が出ていたりすると進まずに遠回りしようかと躊躇、考える。無理すると沢にドボン・・・ずぶ濡れはまずい。ノウサギのDNAがほしい。ここまで来て遠回りしたくないし、決行しよう!
裂け目から離れたへこみの少ない所を探す。低木が雪で押されサワフサギ状態となりその上に雪が積もった場所がないかと探した。夏に白い花を咲かせ秋に藍色の実をつけるサワフタギを思い浮かべる。あのしなやかな、いつも見かけるあのサワフタギに会いたい。・・・彩のない冬の森は大木に寄り添ったつる性のツルウメモドキが山歩きの赤いスパイスになっているだけの森。
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ザイルにつながれクレバスに挑戦?そんなタイソウな事ではない。 この辺ならいいだろう。それなりの雪はある、渡ろう、一か八か決行だ!
心・技・体・・・迷う不安・1mの歩幅ムリ・運動不足・・・失敗する、容易に想像できる。近くまで行ってストックで軽くつついてみよう。大丈夫そう。待てよ雪の下が空洞かも?あっち側までストックが届かない。下界の朝は、零度だし絶対凍っているはずだ。水の流れもないし、来る途中の沢も問題なかったし、或る意味スリルだし、日常の刺激も味わったこともないし、ここは「セーノ」で運だめし。風もない、空も青い、雪もキラキラ、ミズキの冬芽もふくらみ失敗の気配など微塵も感じない。上弦の月に祈ろう・・・・・・・・・・・。
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「優柔不断」という座右の銘はやめよう。
・・・人は転ぶと、坂のせいにする。坂がなければ、石ころのせいにする。石がなければ、靴のせいにする。人はなかなか自分のせいにしない。優柔不断で覚悟がない。今は勇気ではなく覚悟。決めてしまえば動き始めるのだ。「お前は無理だよ」という心の声を聞いてはいけない。

挑戦に無傷でいられない。    「よしっ」 上手くいった。案ずるより産むがやすし。
森の気温が上がり枝に積もった雪が融け出してきた。あそこまで、もう少し歩こう。寒い季節に暖かい風景。













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