水芭蕉が咲いた 雪融けすぐに

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やっぱり水芭蕉は咲いていた。思った通りだった。今年雪が少なくこのところ暖かい日も続いたので開花が早いのかな、と思いながら来てみたが咲き具合はちょうどいい。ここは尾瀬のような湿原が広がった場所ではなく、雪融け水が流れ田圃みたいな沼地にハンノキの陰にひっそり咲くマイナーな場所だ。
この場所のまわりを見渡しても積雪50cm以上はあるところだが、雪解け水が小川をつくりここだけいち早く水芭蕉を咲かせた。
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水芭蕉を何枚かデジカメに収めながら近づいていると、花を囲む苞の形がどこかしら仏壇にあるお釈迦様や如来像に似ているな、なんて思いながら眺めていた。有難い花かもしれないので、おもわず合掌した。そういえば1週間前に親戚の葬儀に参列していたせいで、仏様のように思えたのだろう。
遺影を見たり、生前の姿を思い浮かべてみたりするが、棺の死者の顔を覗き込むとまるで別人で安らかに眠っていた。健康ならできるだけ遅く死にたいと考えても、老衰死は避けられない。一人で生まれ一人で死んでいった。
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生きている者は、死の世界がわからない。たぶん生きる世界が変わっただけで、別の未来のような世界で生きているにちがいない。いったん生涯の幕を閉じ、第二幕のオアシスへ移ったのだろう。
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ありがたい水芭蕉を後にして、巨木ブナに触れる。樹齢100年になろう、長い事生きているとところどころの枯死した枝も見られるがまだ元気そう。
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太い幹に心臓外科医や脳神経外科医のつもりで、耳を当ててみる。いまのところ老衰死は考えられない。ただ、いまの環境と共生が必要と診断してやる。
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長い時間の流れにあるブナ。過去と現在と、そしておそらく未来がいくらか混じった時間が、このブナにある。まず、葉をつけ、花を咲かせたっぷりと実をつけることから始めたらいい。そうでないと困る。俺は監視の意味で、君にまとわりつく寄生虫のようになってやる。

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